大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1347号 判決 1977年1月27日

第一三一〇号事件控訴人・第一三四七号事件被控訴人 甲山一郎 外一名

第一三一〇号事件控訴人ら補助参加人(亡乙野花子の遺産管理人) 徳田敬二郎

第一三一〇号事件被控訴人・第一三四七号事件控訴人 乙野明

第一三一〇号事件被控訴人 乙野月子

〔人名一部仮名〕

主文

本件各控訴を棄却する。

右第一三一〇号事件の控訴費用は同控訴人らの負担とし、右第一三四七号事件の控訴費用は同控訴人の負担とする。

事実

右第一三一〇号事件控訴人らは「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。亡乙野太郎と被控訴人乙野明との間、亡乙野太郎及び亡乙野花子と被控訴人乙野月子との間で、昭和一五年三月一九日届出による養子縁組はこれを取消す。訴訟費用は第一・二審とも全部被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、同事件被控訴人らは右控訴棄却の判決を求めた。

右第一三四七号事件控訴人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、同事件被控訴人らは右控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、次に付加するほか原審判決の事実摘示のとおりである。

右第一三四七号事件控訴人乙野明は、同事件被控訴人らの控訴人に対する本件縁組取消請求は三〇数年の長きに亘り養親に仕えて来た養子に対し酷であつて、民法第一条の二、憲法第一三条、第一四条に違反するものである、と述べた。

(証拠関係省略)

理由

一、第一審被告らの本案前の申立についての判断

1.第一審被告らは、養親はすでに死亡し養子が相続しているから、養親子間の法律関係は過去のものにすぎず、また、対立当事者としての親子の地位は相続によつて融合しているから、もはや縁組を取消すべき利益がない、と主張するが、縁組取消の制度は公益上の要請に基づくものであり、かつ、縁組の一方当事者が死亡した後でも、養親族関係の消滅、復氏等の関係があるから、なお他方当事者が生存する以上、取消原因たる違法事由をもつて縁組取消の効果を将来に向つて形成することの利益はあるものというべく、また、縁組取消の訴は養親子相互間においてのみ提起されなければならないものではなく、もともと相続による養親子間の法律上の地位の承継を既往に遡つて消滅させる効果は考えられないものであるから、養親子間の相続を理由とする第一審被告らの主張は採用できない。

また、第一審被告らは、養親が死亡し養子が相続した後に及んでなお「尊卑の倫序」を重んじて縁組の取消を認めることは、養子にとつて、個人の尊厳を重視する現行法(民法一条の二、憲法一三条、一四条)の精神からも許されない、と主張するが、民法七九三条は、尊属卑属、年長年少の故をもつて個人の人格に尊卑の差別を設ける趣旨ではなく、子として養育される者は親たる者にとつて尊属または年長でないことが人間自然の感情に合致し、相互扶助の関係もまた円滑に行われるものと考え、このように規定することが一般的に公益に合するものとした趣旨と解せられるから、右違法違憲の所論は当らず、従つて、第一審被告らの右主張は採用できない。

2.第一審被告らは、民法八〇五条の親族には相続権を有しない親族は含まれないと解すべきところ、第一審原告らは相続権を有する親族に当らないから本件取消の訴はできない、と主張するが、右親族も主張のように限定して解釈すべき合理的根拠は見出しえないから、右主張は採用できない。

また、第一審被告らは、民法七四四条一項但書の規定に照らせば、養親死亡後には親族が養子縁組取消の請求をすることはできないと解すべきである、と主張するが、民法八〇五条による縁組取消請求については同法七四四条一項のごとき定めはなく、同条項を準用すべき規定もないところ、同条項を類推して縁組の一方当事者の死亡後は親族において取消請求ができないと解しなければならない合理的根拠は見出しえないから、右主張も採用できない。

3.原判決書の理由一の3に説示するところは、次に付加、訂正するほか、これをここに引用する。

同判決書六枚目裏七行目の冒頭より同七枚目表一行目の「する理由はない」までを削り、その部分に、「最高裁判所に上告されたことが認められるところ、本件記録に編綴されている当裁判所書記官中根正枝作成の電話聴取書によれば、右上告事件(最高裁判所昭和五〇年(オ)第七三二号)につき昭和五一年七月二七日上告棄却の判決言渡がなされ、東京高等裁判所の言渡した前記訴訟終了、参加申出却下の判決は確定したことが認められるから、同一趣旨の別訴が係属中であることをもつて本訴の不適法をいう第一審被告らの主張は理由がない。

4.よつて、第一審被告らの本案前の申立はすべて理由がない。

二、本案についての判断

1.本件請求原因事実がすべて認められ、本件縁組にあつては養子である第一審被告乙野明が養親の一方である亡乙野花子より年長であるといわなければならないことについて当裁判所が判示すべきところは、原判決理由二1の説示と同じであるから、これを引用する。

2.第一審被告らは、三〇数年という長期にわたる縁組継続後になされた本件縁組取消の請求は、クリーンハンドの原則ないし信義則上許されないものであり、また長年養親に仕えて来た養子に酷であつて権利の濫用になると主張するが、本件縁組ないし縁組取消請求が第一審原告らの謀略による財産乗取りのためであるという事実を認めるに足りる証拠はなく、民法七九三条の立法趣旨が前示のような公益上の理由にあることを考え合せると、特段の事情のない限り、長期にわたる縁組継続の事実のみをもつて第一審被告らの右主張を採用することはできず、他に右特段の事情を認定できる証拠もない。よつて、右主張を前提とする違憲の主張も採用するに由ない。

3.いわゆる夫婦共同縁組の原則は縁組の成立要件ではあるが、縁組の存続要件ではないとして、本件縁組において民法七九三条所定の要件違反があるのは亡乙野花子と第一審被告乙野明との間の縁組のみであるから、右両者間の縁組のみについて本件取消請求は理由あるものと認め、要件違反のないその余の当事者間の縁組については縁組の個別性の原則に従つて取消請求は理由がないとした原審の判断は当裁判所の判示すべきところと同じであるから、ここにこれを引用する。

三、よつて、第一審原告らの本件請求を右理由ある限度で認容し、その余を棄却すべきものとした原審判決はすべて正当であつて、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 安倍正三 輪湖公寛 後藤文彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例